音無Fade
予定がぎっしりの八月に、憧れていた。
海に行って、
祭りに行って、
誰かと夜遅くまで話して、
花火が終わっても、
なんとなく一緒にいたりして。
そんな“青春のテンプレート”みたいな夏を、
ちゃんと体験しておかないと、
一生後悔するんじゃないかって、
ずっと本気で思ってた。
でも、今年の八月は違った。
気づけば何の予定も入っていなかったし、
誰からの連絡もなかった。
自分からもしなかった。
暑さのせい、
じゃない気がした。
でも、そういうことにしておいた。
エアコンの効いた部屋で、
氷を入れすぎた麦茶がうすくなっていくのを見ていた。
スマホの通知が一つも鳴らない日。
それなのに不思議と、静かで穏やかだった。
年々、友達との予定は少なくなった。
決して、仲が悪くなったわけじゃない。
ただ、会う相手が自然と「仕事関係者」に偏っていっただけ。
それも悪くない。
そして、少なくなった予定に
焦りも寂しさも感じなくなってきた最近の夏に、
自分の変化を感じていた。
窓の外では、
制服の高校生たちが、
日焼けした腕を振って帰っていく。
私はそれを、
「まぶしい」とも「羨ましい」とも思わなかった。
ただ、遠かった。
あの頃の私は、
“夏”という季節に自分を重ねすぎていた。
夏が充実していれば人生もうまくいってるような、
そんな錯覚を、無意識に信じていた。
でも、
今の私はもう、
夏に何かを期待することがなくなった。
期待しないかわりに、
少しだけ夏に優しくなった。
八月、誰にも会わなかった。
でもそれは、
「誰にも会えなかった」んじゃなくて、
「誰にも会わなくても大丈夫だった」
という、ささやかな成長なのかもしれない。
それでもやっぱり、
予定がぎっしりの八月に憧れていた自分が、
このどこかにまだ、いる気もしている。
だから私は、
この静かな夏を、
ちゃんと覚えていようと思う。