── 音無 Fade
ブラックに近い、
少しだけミルクを入れたコーヒーを淹れた。
苦いままではきつすぎるし、
甘すぎても、なんだか他人行儀な気がしたから。
ちょうどその「曖昧さ」が、
今日の私にはちょうどよかった。
–
あなたが最後に残した言葉を、
私は今も正確に覚えている。
でもその言葉を思い出すたび、
少しずつ意味がずれていく。
声のトーンだったのか、
目線の揺れだったのか。
言葉以外の何かのほうが、
ずっと深く刺さっていた。
–
窓の外では、雨が降っていた。
しとしとと、何も変えないままに降っていた。
傘を差さずに歩く人を、
私は部屋の中から、ただ見ていた。
ミルクを少しだけ入れたコーヒーが、
カップの中でゆっくりと混ざっていく。
まるで「きっぱりと割り切れない感情」みたいに、
少しずつ、だけど確実に変わっていく。
–
忘れたいわけじゃない。
かといって、思い出の中に戻りたいわけでもない。
ただ、今の私は、
“もうどこにも戻れないこと”を、
静かに認めようとしているだけ。
–
飲み終えたコーヒーの底に、
ほんの少しだけミルクの名残があった。
それが、やさしさかもしれないし、
未練かもしれない。
たぶん私は、今日もきっと
同じように淹れるだろう。
ブラックに近くて、
ほんの少しだけ、やわらかい味のするコーヒーを。