予備校生の憂鬱
──音無 Fade 強い日差しのわりに、風が冷たかった。 本来は、いちばん好きな季節だ。 お気に入りのアウターの出番は、もうすぐかもしれない。 空気が澄んできているのが、肌でわかる。 そういえば、最近は日が暮れるのも早くなった。 そんな空気感が、たまらなく好きだ。 – 人には、ふたつのタイプがあるらしい。 太陽の光で落ち着く人と、月の光で落ち着く人。 私は、間違いなく後者だと思っている。 – いつ […]
──音無 Fade 強い日差しのわりに、風が冷たかった。 本来は、いちばん好きな季節だ。 お気に入りのアウターの出番は、もうすぐかもしれない。 空気が澄んできているのが、肌でわかる。 そういえば、最近は日が暮れるのも早くなった。 そんな空気感が、たまらなく好きだ。 – 人には、ふたつのタイプがあるらしい。 太陽の光で落ち着く人と、月の光で落ち着く人。 私は、間違いなく後者だと思っている。 – いつ […]
学生時代何をするにも一緒だった親友がいた。 当時私たちはタバコを吸っていてそれとセットで同じ缶コーヒーを決まり事かのように飲んでいた。
──音無 Fade 「普段ならチェーンでいいけれど、仕事のお話する時はちゃんとした喫茶店に入る事にしているの」 そう言って、彼女はブラックのコーヒーに口をつけた。 苦味のあとに一瞬だけ眉を寄せて、すぐ何事もなかったような顔に戻る。 私はその仕草に、ひどく見惚れていた。 – 年上の女性というより、“大人”という印象だった。 職業も肩書きも、どこか遠くのものに思えたのに、 彼女はなぜか、 この喫茶店と […]
──音無 Fade 思い出さないように覚えている。 いつからだろう、春が嫌いになったのは。 日に日に暖かくなっていく日々が、 どこか無防備で、耐え難くなってしまった。 どうせ、このあと酷暑がやってくる。 だったら最初から、寒いままでいてくれたほうがいい。 – 春は、予兆の季節だ。 変化の足音だけが遠くから聞こえてきて、 そのくせ何もまだ起きていない。 だから一番、心がざわつく。 別れも、はじまりも […]
──音無 Fade 桜花の頃、 咲くよりも、散ることのほうに どうしても心が引かれてしまう私は、 きっとずっと、春に向かない人間なのだと思う。 あんなに綺麗に咲くくせに、 咲いた瞬間から終わる運命なんて、 優しいふりをした残酷だと思った。 でも、もし選べるなら、 私もきっと、そう咲いてみたかった。 そんなことを思いながら、 今年も私は、桜のラテを頼んでしまう。 — 春は、やさしい顔をしているのに、 […]
──音無 Fade 冬が、好きだ。 空気が澄んでいて、 何もかもが静かに見える。 吐いた息も、 落ちる光も、 自分の歩く音さえ、 どこかやさしくなる気がする。 – 月がやけに眩しい夜、 イヤホンをつけて、ただ歩く。 寒さで頬が少しだけ赤くなるのも、 どこか嫌いじゃない。 – 昼が短い分、 夕方の影が長く伸びる。 誰かの家の窓から、 灯りがひとつずつ点いていく。 それを眺めているだけで、 今日という […]
──音無 Fade あのときに戻れたら。 言い尽くされた言葉のはずだった。 けれど、胸の奥のどこかで、 それを口にすることすら憚られるような、 確かな悔いが棲みついている。 – なぜ、もう少しだけ 考えてあげることができなかったのだろう。 いや、考える時間ならあった。 けれど私は、 “考えなかった”ほうを選んだのだと思う。 – 取り巻くものが、変わりすぎた。 目まぐるしい更新と、 置いていかれまい […]
──音無 Fade 空気が止まったようなこの午後に、 誰のせいでもない“終わり”だけが、 部屋の中に残っていた。 カーテンは揺れていないのに、 なぜか風が吹いたような気がした。 あなたがいなくなったことと、 それを“仕方がない”と思えてしまう自分が、 少しずつ部屋の隅に溜まっていく。 – たぶん、何かを言うべきだった。 だけど、 あなたが最後に何を言ったのか、もう覚えていない。 いや、覚えようとし […]
── 音無 Fade けだるいテンポでJAZZ HIPHOPが流れていた。 重たく沈んだビートが、 誰もいないこの部屋の空気を、少しだけ揺らしている。 コーヒーは、もうぬるくなっていた。 窓の外には、夜の気配が降りてきていて、 街灯の光が、まるで溶けかけたバターみたいに滲んでいた。 – あなたと最後に話したのは、 こんな夜だったかもしれない。 「じゃあ、またね」 その一言の重さに、 お互い気づかな […]
今日は、一緒だから コーヒーはテイクアウトにした。 ひとりじゃない日は、 それだけで 静けさの質が少し変わる。 ベンチに座る。 膝の上のぬくもり。 風の通り道。 その小さな身体が そっと鼻を動かして 季節の匂いを確かめている。 何も話さなくても、 呼ばなくても、 ときどきこちらを見上げてくる。 その瞳に、 曇りはない。 ただ、まっすぐに そこにいるだけで 不思議と、息が整っていく。 陽に照らされな […]