音無fade
風鈴はもう鳴っていなかった。
だけど、部屋の中はあの日と何も変わらず、静かだった。
机の上には、昨日と同じグラス。
中の麦茶は、飲みかけのまま温くなっていて、
わたしはそれをまた飲む気にもなれず、ただ見ていた。
外からは、小学生の笑い声。
でもそれは、すぐに蝉の声に吸い込まれて消えた。
わたしの午後には、関係のない音。
──君のことを思い出す日って、
決まってなにも予定がない日だ。
時計の針は、ちゃんと動いていた。
でも、どこかだけが止まったままだった。
君に言いそびれたあの言葉。
いまなら言える気がして、
でもそれを練習するには、
あまりにも時間が経ちすぎていた。
そんなことを考えていたら、
窓の外でひとひらの雲が
まるで誰かの手紙みたいに流れていった。
わたしはそっと、麦茶を一口だけ飲んだ。
思ったより冷めきっていなかった。
それだけが、なぜか少しだけ救いだった。