夕方の薄暗い部屋でコーヒーを飲みながら、ふと過去のことを思い出すことがある。特に静かな日曜日の午後には、学生時代の記憶がいつもより鮮明になる。
経済的に苦しかったあの頃、ランチに行く友人たちが誘ってくれるたびに、「用事がある」と断ったり、「興味ない」と強がったりしていた。本当はただお金がなかっただけなのに。
地元では時に経済的に苦しい環境で育ったわけではなく、むしろ何不自由なく育った。むしろ裕福な部類とさえ認識していた。しかし上京してからというもの周りの友人たちは親から買ってもらったブランドのバッグや新車、海外旅行の話を当たり前のようしている源氏を目の当たりにした。笑顔で話を合わせながらも、その背中を見送った後、心の奥に小さな妬みが渦巻いていたのを覚えている。「自分はどうしてこんなに違うのだろう」と何度も思った。
恋人がいる友人が増えるにつれて、寂しさも募った。夜のコンビニで買った安いカップラーメンを食べながら、一人暮らしの狭い部屋で流れる音楽が、やけに冷たく響いていた。壁に貼ったカレンダーを眺めながら、「自分には特別な何かがある」と信じようとしたけれど、その気持ちはいつもすぐに崩れてしまった。
それでも、日々は過ぎていった。朝早く起きて、学校の講義に出席し、アルバイトに向かう。帰宅すると、安いスーパーで買った食材で作る簡単な夕食が待っている。そんな繰り返しの中で、次第に「興味がないふり」をすることが得意になった。
窓の外に目をやる。今は経済的に余裕がある。あの頃欲しかったものは、ほとんど手に入れた。ガレージには新しい車が並び、クローゼットにはたくさんのアクセサリーやバッグ、時計がある。家族と過ごすリビングには、最近飼い始めた犬が丸くなって眠っている。学生時代に羨ましかった海外旅行にも、何度も行った。
でも、奇妙なことに、そんな日々の中でふと学生時代を思い出すと、あの頃の自分に会ってみたいと思うことがある。あの狭い部屋で、寂しさや羨ましさを抱えながら必死に生きていた自分に、「よく頑張ったな」と伝えたくなるのだ。
もしその頃の自分が、今の自分を見たらどう思うだろうか?「羨ましい」と思うだろうか?それとも「思っていたのと違う」と感じるのだろうか?
再びコーヒーを一口飲む。窓の外は夕焼けに染まり、空が柔らかなオレンジ色に輝いている。その色を見ながら、「本当に欲しかったのは何だったんだろう」と考えてみる。ブランド物や海外旅行、経済的な余裕?それとも、ただ「誰かに必要とされること」だったのだろうか?
犬がリビングからやってきて、足元にすり寄るいつもの光景を想像した。ふと笑みがこぼれる。「今は今で十分だ」と自分に言い聞かせる。けれど、心の片隅にはあの頃の自分がまだそっと座っている気がしてならない。
夕焼けが消え、夜が静かにやってくる。部屋に灯るランプの明かりが、過去と現在を優しく繋いでいる。
再びエンジンをかけると、車内に静かな振動が伝わる。ハンドルを握りながら、ふと隣のドリンクホルダーに目をやった。そこには、先ほど買ったカフェのコーヒーカップが収まっている。ブランドのロゴが入ったそのカップは、かつて憧れていた「余裕」の象徴のようだった。
あの頃の自分がこれを見たら、何て言うだろうか。「いいな」とつぶやくだろうか。それとも、「こんなのは本当に欲しかったものじゃない」と笑うだろうか。
思わず微笑みがこぼれる。アクセルを踏み込むと、高級車特有の滑らかな加速が身体を包み込む。その瞬間、狭い部屋で飲んでいた、あのインスタントコーヒーの味が一瞬だけ頭をよぎった。
目の前に広がる街の灯りが流れていく。バックミラーに映るのは過去の影。だけど、それが悪いわけじゃない。あの苦しかった日々が、今の自分を形作っているのだから。
「欲しいものは全部手に入れた。でも――」
窓の外に目をやる。街のネオンがフロントガラスに映り込んでいる。
「まだ走り足りない。」
ハンドルを軽く握り直し、車を加速させる。後ろを振り返ることなく、夜の街へと静かに溶け込んでいった。