──音無 Fade
桜花の頃、
咲くよりも、散ることのほうに
どうしても心が引かれてしまう私は、
きっとずっと、春に向かない人間なのだと思う。
あんなに綺麗に咲くくせに、
咲いた瞬間から終わる運命なんて、
優しいふりをした残酷だと思った。
でも、もし選べるなら、
私もきっと、そう咲いてみたかった。
そんなことを思いながら、
今年も私は、桜のラテを頼んでしまう。
—
春は、やさしい顔をしているのに、
どこか置いていかれる気がする。
何もなかったような顔で、
あっけらかんと風だけを連れてくるくせに、
心の中に、誰も呼んでいない記憶を咲かせていく。
—
不思議なことに、
春には冬が恋しくなる。
冷たくて重たい空気のほうが、
呼吸がしやすかった。
誰かに会わなくても、
それが理由になる季節だった。
でも、冬には春を恋しくならない。
寒さの中には、理由もなく満ち足りたものがあった。
春はいつも、何かを求めすぎる。
—
だから私は、
この桜が咲く頃がいちばん苦手だ。
きれいすぎるものは、
どうしても信じきれないから。
—
ラテはほんのり甘くて、
そのあとに来る苦味が、少しだけ本音みたいだった。
春がすぐそばにいる。
けれど私はまだ、
ほんの少しだけ、冬のほうを向いている。