──音無 Fade
あのときに戻れたら。
言い尽くされた言葉のはずだった。
けれど、胸の奥のどこかで、
それを口にすることすら憚られるような、
確かな悔いが棲みついている。
–
なぜ、もう少しだけ
考えてあげることができなかったのだろう。
いや、考える時間ならあった。
けれど私は、
“考えなかった”ほうを選んだのだと思う。
–
取り巻くものが、変わりすぎた。
目まぐるしい更新と、
置いていかれまいとする焦燥。
私は、誰かのことよりも、
自分が立ち尽くしてしまうことの方を
恐れていた。
–
懐かしさは、罪に似ている。
優しい記憶のほうが、
たいてい先にやってくるのはどうしてだろう。
本当は、
残された側の罪悪感がそう見せているだけなのに。
それでも私は、
それらを否定しないことにした。
–
罰は受けようと思った。
忘れたふりをせずに、
時折あの声を思い出すこと。
街角の空気に、あの日の温度を重ねてしまうこと。
どれも滑稽な罪かもしれないが、
私にできるのは、それだけだ。
–
赦しではなく、
許されなさを受け入れること。
それがたぶん、
失ったことを“終わらせない”という、
ささやかな誠実なのだと思う。