静かな迷路の出口で
──音無 Fade コーヒーを片手に思う。 時間は、いつも不平等だ。 進むときはあっという間で、 止まったように感じるときほど、 何も変わらず過ぎ去っていく。 – 「よかったじゃないか」 ――あの声が、ふと耳の奥でこだまする。 そう、あのとき誰かがそう言ってくれた気がする。 「君もようやく“普通”の生活に戻れたんだ」って。 それが祝福だったのか、慰めだったのか、今でもわからない。 – 私は“普通” […]
──音無 Fade コーヒーを片手に思う。 時間は、いつも不平等だ。 進むときはあっという間で、 止まったように感じるときほど、 何も変わらず過ぎ去っていく。 – 「よかったじゃないか」 ――あの声が、ふと耳の奥でこだまする。 そう、あのとき誰かがそう言ってくれた気がする。 「君もようやく“普通”の生活に戻れたんだ」って。 それが祝福だったのか、慰めだったのか、今でもわからない。 – 私は“普通” […]
──音無 Fade 結末は、もっと劇的だと思っていた。 怒りとか、涙とか、抱きしめ合うとか。 でも、違った。 ただ、静かに目を見て、 何も言わず、歩き出した。 それだけだった。 – 交差点を渡る寸前、 私は振り返らなかった。 自分を守るための沈黙だった。 たぶん、あのときの私は。 – 春が来て、夏が過ぎて、 秋が来て、冬が近づいている。 季節は巡っても、 あの場面だけは、 どこにも行かずに残ってい […]
──音無 Fade 暑い夏の日差しと、 冷房の効きすぎた薄暗い店内。 その落差が、妙に心地よかった。 もともと暑がりな自分は、夏が苦手だ。 だけどその店の空気だけは、なぜか好きだった。 カラン、コロン。 重たいドアを押して入ると、 タバコの煙とコーヒーの香りが、 日常と非日常のちょうど真ん中にあった。 席について、 あの店のマッチでタバコに火をつける。 「マッチでつけると旨く感じるよな」 仲間の誰 […]
──音無 Fade 強い日差しのわりに、風が冷たかった。 本来は、いちばん好きな季節だ。 お気に入りのアウターの出番は、もうすぐかもしれない。 空気が澄んできているのが、肌でわかる。 そういえば、最近は日が暮れるのも早くなった。 そんな空気感が、たまらなく好きだ。 – 人には、ふたつのタイプがあるらしい。 太陽の光で落ち着く人と、月の光で落ち着く人。 私は、間違いなく後者だと思っている。 – いつ […]
学生時代何をするにも一緒だった親友がいた。 当時私たちはタバコを吸っていてそれとセットで同じ缶コーヒーを決まり事かのように飲んでいた。
──音無 Fade 「普段ならチェーンでいいけれど、仕事のお話する時はちゃんとした喫茶店に入る事にしているの」 そう言って、彼女はブラックのコーヒーに口をつけた。 苦味のあとに一瞬だけ眉を寄せて、すぐ何事もなかったような顔に戻る。 私はその仕草に、ひどく見惚れていた。 – 年上の女性というより、“大人”という印象だった。 職業も肩書きも、どこか遠くのものに思えたのに、 彼女はなぜか、 この喫茶店と […]
──音無 Fade 思い出さないように覚えている。 いつからだろう、春が嫌いになったのは。 日に日に暖かくなっていく日々が、 どこか無防備で、耐え難くなってしまった。 どうせ、このあと酷暑がやってくる。 だったら最初から、寒いままでいてくれたほうがいい。 – 春は、予兆の季節だ。 変化の足音だけが遠くから聞こえてきて、 そのくせ何もまだ起きていない。 だから一番、心がざわつく。 別れも、はじまりも […]
──音無 Fade 桜花の頃、 咲くよりも、散ることのほうに どうしても心が引かれてしまう私は、 きっとずっと、春に向かない人間なのだと思う。 あんなに綺麗に咲くくせに、 咲いた瞬間から終わる運命なんて、 優しいふりをした残酷だと思った。 でも、もし選べるなら、 私もきっと、そう咲いてみたかった。 そんなことを思いながら、 今年も私は、桜のラテを頼んでしまう。 — 春は、やさしい顔をしているのに、 […]
──音無 Fade あのときに戻れたら。 言い尽くされた言葉のはずだった。 けれど、胸の奥のどこかで、 それを口にすることすら憚られるような、 確かな悔いが棲みついている。 – なぜ、もう少しだけ 考えてあげることができなかったのだろう。 いや、考える時間ならあった。 けれど私は、 “考えなかった”ほうを選んだのだと思う。 – 取り巻くものが、変わりすぎた。 目まぐるしい更新と、 置いていかれまい […]
──音無 Fade 空気が止まったようなこの午後に、 誰のせいでもない“終わり”だけが、 部屋の中に残っていた。 カーテンは揺れていないのに、 なぜか風が吹いたような気がした。 あなたがいなくなったことと、 それを“仕方がない”と思えてしまう自分が、 少しずつ部屋の隅に溜まっていく。 – たぶん、何かを言うべきだった。 だけど、 あなたが最後に何を言ったのか、もう覚えていない。 いや、覚えようとし […]