決まっている散り際に

──音無 Fade 桜花の頃、 咲くよりも、散ることのほうに どうしても心が引かれてしまう私は、 きっとずっと、春に向かない人間なのだと思う。 あんなに綺麗に咲くくせに、 咲いた瞬間から終わる運命なんて、 優しいふりをした残酷だと思った。 でも、もし選べるなら、 私もきっと、そう咲いてみたかった。 そんなことを思いながら、 今年も私は、桜のラテを頼んでしまう。 — 春は、やさしい顔をしているのに、 […]

冬が好きな理由

──音無 Fade 冬が、好きだ。 空気が澄んでいて、 何もかもが静かに見える。 吐いた息も、 落ちる光も、 自分の歩く音さえ、 どこかやさしくなる気がする。 – 月がやけに眩しい夜、 イヤホンをつけて、ただ歩く。 寒さで頬が少しだけ赤くなるのも、 どこか嫌いじゃない。 – 昼が短い分、 夕方の影が長く伸びる。 誰かの家の窓から、 灯りがひとつずつ点いていく。 それを眺めているだけで、 今日という […]

沈黙より重いもの

──音無 Fade あのときに戻れたら。 言い尽くされた言葉のはずだった。 けれど、胸の奥のどこかで、 それを口にすることすら憚られるような、 確かな悔いが棲みついている。 – なぜ、もう少しだけ 考えてあげることができなかったのだろう。 いや、考える時間ならあった。 けれど私は、 “考えなかった”ほうを選んだのだと思う。 – 取り巻くものが、変わりすぎた。 目まぐるしい更新と、 置いていかれまい […]

「止まった午後」

──音無 Fade 空気が止まったようなこの午後に、 誰のせいでもない“終わり”だけが、 部屋の中に残っていた。 カーテンは揺れていないのに、 なぜか風が吹いたような気がした。 あなたがいなくなったことと、 それを“仕方がない”と思えてしまう自分が、 少しずつ部屋の隅に溜まっていく。 – たぶん、何かを言うべきだった。 だけど、 あなたが最後に何を言ったのか、もう覚えていない。 いや、覚えようとし […]

曖昧なビートの上で

── 音無 Fade けだるいテンポでJAZZ HIPHOPが流れていた。 重たく沈んだビートが、 誰もいないこの部屋の空気を、少しだけ揺らしている。 コーヒーは、もうぬるくなっていた。 窓の外には、夜の気配が降りてきていて、 街灯の光が、まるで溶けかけたバターみたいに滲んでいた。 – あなたと最後に話したのは、 こんな夜だったかもしれない。 「じゃあ、またね」 その一言の重さに、 お互い気づかな […]

君がいるから、今日はここで

今日は、一緒だから コーヒーはテイクアウトにした。 ひとりじゃない日は、 それだけで 静けさの質が少し変わる。 ベンチに座る。 膝の上のぬくもり。 風の通り道。 その小さな身体が そっと鼻を動かして 季節の匂いを確かめている。 何も話さなくても、 呼ばなくても、 ときどきこちらを見上げてくる。 その瞳に、 曇りはない。 ただ、まっすぐに そこにいるだけで 不思議と、息が整っていく。 陽に照らされな […]

ほんの少しのミルク

── 音無 Fade ブラックに近い、 少しだけミルクを入れたコーヒーを淹れた。 苦いままではきつすぎるし、 甘すぎても、なんだか他人行儀な気がしたから。 ちょうどその「曖昧さ」が、 今日の私にはちょうどよかった。 – あなたが最後に残した言葉を、 私は今も正確に覚えている。 でもその言葉を思い出すたび、 少しずつ意味がずれていく。 声のトーンだったのか、 目線の揺れだったのか。 言葉以外の何かの […]

煙は、黙って立ちのぼる

── 音無 Fade 燃焼時にどうしても煙が出てしまう。 それは仕方のないことなのに、 いつも私は、その煙が目に沁みる理由を探していた。 使いかけのマッチの匂い。 夜のコンビニで買ったライター。 誰かの口癖みたいに、 その行為だけが、時間を止めてくれた気がしていた。 – あの部屋には灰皿があった。 丸くて重たい陶器製で、 底にはいつも吸い殻と、私の言葉にならなかった感情が溜まっていた。 「煙たいね […]

チーズケーキの断面

── 音無 Fade 強いて何か挙げるとすれば、 先日買ってきたチーズケーキがとても美味しかったことくらいだろうか。 冷蔵庫の奥にしまっておいたのに、 それを取り出すと、まるで昨日のことのように、 柔らかな甘さがそのまま残っていた。 ふと、あなたの顔を思い出した。 どこでどうしているのかなんて、 最近はもう、積極的には考えないようにしているけれど、 こうして、甘さの温度でふいに浮かんでくることがあ […]