音無fade–
秋は、いつも夜から先にやってくる。
まだ昼間は夏の名残を引きずっているのに、
夜になると空気が少しだけ冷たくて、
頬を撫でる風が、言葉よりも先に季節を教えてくれる。
窓辺に置いたアメジストを、月の光が照らしていた。
紫の結晶の奥で、わずかな光が跳ね返り、
部屋の壁に小さな影を落としている。
たったそれだけのことなのに、
胸の奥で、遠い記憶が揺れた気がした。
虫の声が、途切れることなく続いている。
それは、時間の粒を数えているようにも聞こえた。
夜に溶け込む小さな音たちを、
ひとつひとつ拾い上げるように耳を澄ませる。
ふと、思う。
この広い夜空の下で、
自分の存在は、なんて小さいんだろう。
マクロの視点なんて、とうてい持てない。
銀河を俯瞰するよりも、
足元の影や、窓辺の光ばかりを追いかけてしまう。
それでも、空は見上げてしまう。
澄んだ空気の向こう、
月が、あまりにも静かに浮かんでいた。
遠い宇宙を思い描くたびに、
その果てしなさに、胸が少しだけ痛む。
いつだって、
大きな世界を掴むことができないまま、
目の前の小さな欠片ばかりを愛してしまう自分がいる。
アメジストは、まだ月光を浴び続けている。
その透明な影を、ただ黙って見つめていた。
虫の声、夜の匂い、澄んだ空気、遠い宇宙。
すべてが同時にここにあって、
だけど、すべてが手のひらからすり抜けていく。
この夜もきっと、
誰にも気づかれないまま過ぎてゆくのだろう。
それでも私は、
こうして、静かに見送ることしかできない。
──秋は、夜からやってきて、
気づけば胸の奥に、ひっそりと居座っていた。