音無Fade
午後二時。
蝉の声が遠のいた瞬間、風鈴だけが鳴った。
風も吹いていないのに、ひとつだけ、ちり…と。
私は麦茶を飲み干しながら、風鈴の揺れを目で追っていた。
空はやけに青くて、雲はうすく引きのばされ、ただそこにある。
誰も歩かない道、音のない部屋。
それなのに、外の風鈴だけが、時折音を立てている。
まるでそれが、誰かの返事のようだった。
——ねえ、あの時、ちゃんと聞いてた?
暑さのせいか、思考がゆっくりになって、
私は机に伏せながら、君のことを思い出していた。
もう何年も話していない、でも昨日夢に出てきた君。
声はしなかった。ただ、笑っていた。
そして私はまた、風鈴の音に呼び戻される。
ちりん。
止まっていた時間が、わずかに進んだ気がした。
たぶん、それだけのこと。
けれど、忘れていた何かに、ふと触れたような午後だった。