音無Fade
午後三時、
窓の外は相変わらずよく晴れていて、
風もなく、
空は青く、ただそこにあった。
蝉の声が、もうBGMのように耳に馴染んでいて、
「うるさい」とも思わなくなったのは、
それに疲れたのか、
それに馴れたのか、自分でもわからない。
スーパーの袋を片手に歩く帰り道、
どこかの中学校から流れてきた吹奏楽の音が
ふいに足を止めさせた。
トランペットの音が割れていた。
でも、
それがかえって胸に刺さった。
上手いとか、下手とかじゃなく、
そこに「今」が詰まっている音だった。
あの頃の自分も、
たぶん同じように、
暑くて、だるくて、
何もかもが面倒で、
でも意味もなく、未来を信じていた。
その未来の一部に、
私はちゃんと今、立っている。
それなのにまだ、
夏のことが、少し苦手だ。
だけど、
今日みたいな午後は、
ほんの少しだけ、
“嫌いになりきれない”自分が顔を出す。
ポケットのなかで汗ばんだスマホを取り出して、
カメラを開いた。
でも結局、空の写真は撮らなかった。
たぶん今の私は、
思い出に残すよりも、
ただそのまま、
通り過ぎるほうを選びたかった。