──音無 Fade
もしかしたらこれが、
最後の夜になるかもしれない。
そんなふうに思ったら、
静けさが少しだけやさしくなった。
机の上には誰にも見せなかった資料、
使いかけのペン、
そして読みかけのまま閉じた本。
今日も“何か”を成し遂げたはずだった。
通知の光は消え、誰もいない部屋に
“成功”の余韻だけが淡く残っている。
–
欲しくなかったんじゃない。
ただ、手に入らなかっただけ。
嫌いだったわけじゃない。
ずっと、諦めていたんだ。
自分には似合わないと決めつけて、
遠くから見つめるだけにしてきたもの。
–
誰かの賞賛が、
いつのまにか責任に変わっていた。
笑顔で頷いた分だけ、
本当の気持ちは、奥にしまい込まれていった。
–
小さな湯気が立ちのぼる。
カップを握る指先だけが、まだ熱を感じていた。
その温度に、
「まだ終わりじゃない」と
かすかに思えたのは、たぶん奇跡に近い。
–
成功は、
いつも静かな孤独を連れてくる。
でもその孤独のなかにこそ、
まだ言葉にしていない「自分」が残っていた。
–
たとえこれが最後の夜だったとしても、
「ちゃんとわたしでいた」と、
誰にも見せることのない場所で、
そう言えたらいい。
–
成功の余白に、わたしがいた。
光の外側にしか咲けなかったけれど、
そこにはたしかに、わたしの輪郭が残っていた。