嫌いな夏とアイスコーヒー

──音無 Fade

暑い夏の日差しと、
冷房の効きすぎた薄暗い店内。
その落差が、妙に心地よかった。

もともと暑がりな自分は、夏が苦手だ。
だけどその店の空気だけは、なぜか好きだった。

カラン、コロン。
重たいドアを押して入ると、
タバコの煙とコーヒーの香りが、
日常と非日常のちょうど真ん中にあった。

席について、
あの店のマッチでタバコに火をつける。
「マッチでつけると旨く感じるよな」
仲間の誰かが言った。

正直、違いはよくわからなかったけれど、
そう言われると、そんな気がしてくるのが不思議だった。

注文したのは、アイスコーヒー。
少し大きめの銅製マグカップ。
その表面にできる結露が好きだった。
しかも、氷はコーヒーでできていた。

真似して家で作ってみたこともある。
でもそのうち面倒になってやめた。
きっとマスターのこだわりだったのだろう。
当時の僕たちには、それを理解するほどの見識はなかった。

ミルクとガムシロをたっぷり入れて、
甘いコーヒーを飲みながら、
気の知れた仲間と、
何でもない話で笑い合っていた。

なんとなく楽しいことが起こりそうな気がしていて、
それだけで時間を潰せた。

最近、
ふいにそんな情景を思い出すことが増えた。

強めの冷房が効いた書斎、
お気に入りの音楽と本に囲まれて、
コーヒーの香りと、白い煙のない静けさのなかにいる。

甘いコーヒーはほとんど飲まなくなった。
タバコを吸わなくなって、何年が経っただろう。
今ではまったく吸いたいとも思わない。

相変わらず、夏は苦手だ。
でも、アイスコーヒーの季節だけは、
今でも、変わらずに好きなままだ。

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