私には思い出のカフェとコーヒーがあります。
日本の最南、鹿児島県のとある海沿いのお店。
サーファーが立ち寄るので店内は南国風の作り。ビーチの砂がお客さんと一緒に入って少し白混じりの床に、ゆったりとしたJAZZと街中のカフェでは流れないような海とよくマッチしたウクレレの音楽。
ここで毎週、仕事の休みの日にサーフィンをした後、海を見ながら珈琲を飲んで日頃のストレスから解放されるのが楽しみでした。
そこで私がいつも頼むのはアメリカンコーヒーでした。アメリカンコーヒーのくどすぎない苦味と口に広がる爽やかな香り、酸味の少ない口当たりが大好きで毎回頼んでは、海が見られるカウンターの真ん中に座って1人の時間を楽しんでいました。
ある日、いつもの様にサーフィン終わりにアメリカンコーヒーを飲んで外を眺めていると、今まで嗅いだ事のないココナッツの香り。
ふと横を見ると30代程の女性が1人、カウンターの1番端の席で私と同じ様に外の景色を眺めながら珈琲を飲んでいました。
マスターに何の珈琲なのか尋ねてみると、
「コナコーヒー」と呼ばれるハワイのコーヒー。
マスターの店ではそのコーヒーにココナッツオイルを垂らしているそう。
コナコーヒーは希少価値が高く「キリマンジャロ」や「ブルーマウンテン」とならび三大コーヒーと言われるほど。日本で「コナブレンド」として販売するためには生豆の状態で30%以上コナコーヒーが入っていなければ「コナブレンド」と名前を付けられないほど格式のある珈琲なんです。
「そのコナコーヒーにココナッツオイルをわざわざ垂らすなんて勿体ない」
最初は邪道だとそう思い、勿体無い事をする人もいるもんだと思っていました。
しかし彼女はそれ以降、毎週カフェに訪れる度にカウンターの端にいるようになりました。
注文するのは例のごとくコナコーヒーのココナッツオイル入り。
その珈琲が運ばれる度にコナコーヒーのマイルドな香りとココナッツの南国を思わせる香りが合わさって少しずつそのコーヒーの魅力とそれを飲む女性に興味を持ちました。
しかし私がついに女性に話しかけてみようと思った時以降、女性はカフェに来なくなってしまいました。
マスターに訳を聞くと、女性は婚約相手がいたが結婚間近にハワイに単身赴任になったそう。一緒に着いていこうと思っていたもののこちらで帰りを待つことに。その時このカフェを立ち寄りハワイ特産のコナコーヒーを飲んだ所、婚約相手を思い出して毎週通っては相手を思いながらこの珈琲を飲んでいたそう。
婚約相手が先日帰ってきた事で今では通うことは無くなったが時折、婚約相手と顔を出して一緒に飲みに来ているようでした。
寂しい様な良かった様な。今ではそのカフェは無くなってしまいましたが、ふとその出来事を思い出すとウクレレの音楽を聴きながらコナッツオイルが入ったコナコーヒーを飲むようにしています。