── 音無 Fade
けだるいテンポでJAZZ HIPHOPが流れていた。
重たく沈んだビートが、
誰もいないこの部屋の空気を、少しだけ揺らしている。
コーヒーは、もうぬるくなっていた。
窓の外には、夜の気配が降りてきていて、
街灯の光が、まるで溶けかけたバターみたいに滲んでいた。
–
あなたと最後に話したのは、
こんな夜だったかもしれない。
「じゃあ、またね」
その一言の重さに、
お互い気づかないふりをして笑った。
–
けだるいビートは、
忘れたくないものと、忘れたいものの間を
ゆっくりと行き来している。
リズムに乗れないまま、
私はグラスを指先で転がしていた。
誰にも届かないメッセージを、
送ろうとして、やめた。
何かを始める勇気よりも、
何も終わらせない臆病さのほうが、
今の私には似合っている気がしたから。
–
けだるいテンポ。
ゆっくりと夜に沈んでいくビルの群れ。
ぬるくなったコーヒー。
言えなかった一言。
それでも、何もなかったふりをして、
私はまた、ひとりでこの夜を進めていく。
曖昧なビートの上で、
まだ少しだけ、あなたの気配を探しながら。