[ブログ小説] Days of Wine and Rosesを流しながら

彼と過ごす時間。そこにはいつも、コーヒーとジャズがあった

音楽を通して知り合った彼は、コーヒーをこよなく愛していた。

出会ったころは、ジャズの練習で顔を合わせるくらいだったが、しだいにおたがいの話をするようになった。

週末には、二人でカフェに足を運んだ。

コーヒーのこと、ジャズのこと、彼の学生時代のこと。

彼はいろいろな話を聞かせてくれた。

運転する彼の横顔と黄色い秋の道。

けだるいテンポでAutumn leavesが流れていた。

心地よいぬるさが私たちを包んだ。

彼のマフラーを巻いて歩いた、寒い冬の日。彼の香りに包まれている幸せと、ジャズ喫茶で温かいコーヒーを飲みながら心地よい音楽に包まれた時間。

アドリブソロは、聴いたところから空気に溶けて消えていった。

二人でいる幸せを味わうこともあれば、幸せな時間のはかなさに泣いたこともあった。

その幸せがずっと続くものではないとわかっていた。

幸せとはかなさは、いつもとなり合っていることも彼は教えてくれた。
――別れよう――
私は彼にそう告げられた。
あのときのことは、今でもはっきりと覚えている。
彼は静かに言った。
――もう会わないほうがいいと思う――
私にはその意味がよく理解できなかった。
――どうして?――
声がかすれた。――君を傷つけたくないから――
――よくわからない……――
――僕たちの関係は、このままではいけないと思うんだ――
――でも、好きなんでしょう――
――好きだよ――
――だったら、このまま一緒にいれば……――
――それじゃあ駄目なんだ。君は僕と一緒にいても、きっと幸せになれない……――
――そんなことない!――
――僕は君のことが好きだけど、それは恋愛感情じゃないんだよ――
――えっ!?――
――僕は君のことを妹のようにしか思えないんだ。だから……ごめん――
――……わかった――

あれから10年が過ぎようとしている。

今はもう彼がどうしているか、私は知らない。

ショーケースに並ぶ焼菓子を彼と一緒に選んだことも、ていねいに淹れられたコーヒーをゆっくりと味わったことも、彼の車でジャズを聴いていたことも、彼との時間にあったものはすべて記憶になってしまった。

ただ、今でも時々、コーヒーを飲んでいるとき、彼と過ごした時間を思い出すことがある。街でMoon Riverが流れると、彼との幸せな時間が思い起こされる。Cry Me a Riverを聴くと、はかなさに涙を流したあの日の自分を思い出す。

あたたかく、優しい記憶となって私の中に残っている。

彼との時間が失われても、何らかの形でここにある。

今日も私は自分のために、大切な誰かのためにコーヒーを淹れる。そいてジャズを聴く。朝はマンデリンフレンチにしてみよう。

マンデリンは香りがいいし、深煎りが目覚めにいい。

午後はマイルドブレンドで。

ライト味わいのコーヒーを飲もう。

Days of Wine and Rosesを流しながら、のんびりと心地よい記憶に包まれるのもいいかもしれない。

あなたにとってコーヒーはどんなものですか?

お気に入りの音楽とともに、大切に淹れたコーヒーを味わってみてほしい。

いま、この時間が、あなたとあなたの大切な人にとって幸せなものでありますように。

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