2年ほど前、仕事がとても忙しかった時期があった。
毎日、深夜に帰宅して早朝にまた出勤、という生活を送っており、
通勤時間が長かった私は、電車で寝てしまい降りる駅を乗り過ごしてしまったこともしばしばあった。
週のうち6日は終電で帰宅。休日も出社して残務の処理。
そんな調子で、とにかく毎日仕事のために生きていた。
ある日、終電で寝過ごしてしまい、あまり知らない駅で降りることになってしまった。
さびれている駅ではないけれど、駅前にタクシーはなかった。
大きな道まで出てタクシーを拾おうと歩いていると、住宅街の中に小さなカフェを見つけた。
カフェといってもお酒も出しており、バーのように利用されているようだった。
「いずれにしても、こんな時間にやっているのはありがたいな」
夕飯もほとんど食べていなかった私は、そのカフェで遅めの夕食をとることにし、アマトリチャーナと食後にカフェラテを頼んだ。
そこで食後に出てきたのが
ちょっと見たことのないくらい綺麗なラテアートが施されたカフェラテだった。
縁が少し泡立ったエスプレッソに、細やかに描かれた3つのリーフ。
コーヒーカップの中に繊細な世界があり、しばし目を奪われた。
そして、鼻に抜けるエスプレッソの香りと口当たりの滑らかさ。
1杯のカフェラテで、激務の疲れが取れるような感覚があった。
その日以降「あのラテがもう一度飲みたい」と思いつつ、
「カフェラテだけ飲みに馴染みのない駅に降り立つのも・・」とあきらめていたが
ふと思い立ち、デロンギで一番安いエスプレッソメーカーを購入した。
一人暮らしのキッチンには少し存在感があったが、ほかのキッチングッズを脇によけ、デロンギ専用スペースを作った。
動画を参考に見よう見まねでカフェラテを作った。が、うまくいかない。
動画では手の動かし方やタイミングがよく分からない。
SNSでラテアートを学ぶコミュニティに入り、仕事の隙間を縫ってラテアート講座にも参加した。
毎朝、少しだけ早く起きてデロンギでエスプレッソを淹れてスチームミルクを作ることが習慣になった。
いつしか、私は自分で綺麗なリーフが作れるようになり、
周りには仕事以外の人間関係ができ、残業や休日出勤をしないようになった。
(しないようなスケジューリングをするようになった)
朝は早めに起きてカフェラテを飲んでから仕事に取り掛かる。
単に『夢中になれるものがあることが自分を救う』ということなのかもしれない。
私を救ってくれたのは、住宅街のカフェで出されたあのカフェラテだった。
いつか、あの駅にまた降り立つことがあったら、あのカフェに寄り、店主にお礼を言いたい。
そう思っている。